これまでスチールモノコックを使い続けてきたポルシェが、991型からボディ骨格重量比で40%以上のアルミニウムを取り入れ、「スチール×アルミ」のハイブリッドボディとなりました。
フルアルミボディを採用することもできましたが、それにも関わらずポルシェがハイブリッドボディを選択した理由を確認してしていきます。
アルミボディのメリットとデメリット
アルミボディのメリット
自動車メーカーがボディ材料としてアルミニウムを採用するには以下の3つの理由があります。 ・スチールに比べその比重が約1/3程度と非常に軽量 ・量産加工がしやすい ・耐腐食性に優れる
車体が軽量であれば「走る・曲がる・止まる」という運動性能に好い影響を及ぼすことはもちろん、燃費やエネルギー効率の改善にも直結します。
エネルギー資源や環境対策といった課題に直面している自動車メーカーにとって、量産加工も容易である特性を持つ軽量素材のアルミニウムを車体骨格に用いたいと考えるのは当然の流れでした。
アルミボディのデメリット
一方、アルミニウムを採用するデメリットもあります。
市販化に向けてはコストの問題が大きく立ちはだかります。また、アルミ素材・アルミボディの製造設備に対するコストはもちろんのこと、アルミ材料の精錬に大量の電力や水が必要であるため、部材そのものが高価となってしまい、アルミはスチールに比べ割高な素材となっています。
フルアルミボディを採用したホンダNSXとアウディA8
このようなコストに関する課題を解決した上で市販化されたフルアルミボディ車が存在しています。
日本では1990年に世界初となるフルアルミモノコックボディを持ったNSXの市販をホンダが実現しました。また、ヨーロッパにおいてもアウディがフルアルミボディ(アウディスペースフレーム:ASF )を開発し、スチールボディ比で40%もの軽量化を実現しています。
ポルシェのグループであるアウディが既に10年近くもフルアルミボディ車を量産製品として世に送り続けていることを考えれば、なぜ991型がフルアルミボディを採用しなかったのか疑問が残ります。
アウディのアルミボディ
アウディが市販に向けたアルミボディ=アウディ・スペース・フレーム(ASF)を披露したのは1993年のフランクフルトモーターショーでした。アルミボディの開発については1984年の段階で1台の実験車が製作され評価が行われました。
この実験車では、スチールボディ比で約50%の軽量化に成功しています。一方で、アルミの振動伝搬性に由来する車内ノイズが大きいなどの課題も多く、結果この実験車に対しては「軽さ以外のメリットがない」と評価が下されました。
そのため、アウディはホンダNSXのホワイトボディについて研究を行ったといいます。NSXのアルミボディは、スチールモノコックボディと同構造を持ったモノコックとして開発されていた上、車体剛性の確保のためかスチールの倍量にも近い過剰な鉄厚を用いざるを得ず、よってアルミボディのメリットである軽量化への貢献が無く、アウディはこのNSX的な考え方を自社のアルミボディ開発の参考にすることはありませんでした。
この結果を受けアウディはスチールモノコックボディと同じ構造のアルミモノコックボディの採用を断念し、従来のスチールモノコックとは全く異なるアプローチからスチールボディに対し約40%軽く、同時に高い剛性を誇るASFを作り上げました。ASFは1993年に披露され、翌年登場のアウディA8より採用されることになりました。
ポルシェのアルミボディ
991型は997型比で100mmロングホイールベース化され、全長も56mm伸び、そしてフロントトレッドも幅広くなるなど大型化された。
996型から997型へのモデル改良の時点でアルミフードの採用、リアサブフレームの見直し、エンジン本体の軽量化などにより、996型対比25kgの車重の軽量化を実現しているのですが、996型の基本コンポーネンツパーツを踏襲したボディは、剛性を高める補強のためのスポット増や樹脂系接着剤の導入によって曲げ剛性を向上させることで、ボディ自体は15キロの増加となっていました。
997型から991型に至る車体サイズの大幅な拡大が、より深刻なボディーフレーム重量の増加を引き起こすことでした。そのため、なおのことアウディの軽量化技術を踏襲したアルミボディの導入もあったはずですが、ポルシェが991型に選択したのは、スチールボディにアルミを組み合わせたハイブリッドボディでした。
991型にフルアルミモノコックを採用しなかった理由
991型にアウディのエンジニアリングを踏襲した軽量フルアルミボディが採用されなかった理由としては、やはりポルシェのコアブランドである 911シリーズに、グループ企業とはいえ、他社の看板であるASFテクノロジーをそのまま持ち込むことはできなかったとか考えられます。このあたりがカイエンと911の立場の違いなのでしょう。
しかし、これまでのボディアプローチを振り返ると、ポルシェが「スチールのスペシャリスト」であることを忘れてはなりません。356/901以来ボディにスチールを使い続けてきたポルシェは、軽さのみならず剛性と安全性を考慮し開発され、しかもその基準の根幹にあるのは レーシングカーにも充分対応する耐久性でした。現代においてはスチールボディでも軽量要求を満たすボディを作り上げることが可能であることもその理由であると思います。
また、ポルシェは指示通りに補修することで、本来のボディ性能を保つことができる点もスチールの利点と考えていました。スチールであれば世界中どこでも比較的安価に補修が可能になってきます。
これは長期間存在するポルシェにとって重要でした。同時にポルシェを支える世界のプロショップやチューナーを忘れてはいけないことの証でもあります。これらの考え方の基本にあるのは「確かさ」だと言えます。
また、アルミボディでないと軽量化ができないということはなく、以下の比較がそれを証明しています。
◾️フルアルミボディA8とスチールボディパナメーラの比較 ASFによるフルアルミボディのアウディA8(3L/V6/クアトロ)と、スチールボディのポルシェパナメーラ(3.6 L/V6/ FR)の重量を比較してみます。A8が1930kg、対するパナメーラは1770kg。 4駆と2駆の駆動方式の重量差を差し引いても、スチールボディのパナメーラが「重い」ということはありません。スチールでも軽く仕上げることができ、そして、何よりコストがアルミより抑えられることができるなら、アルミボディにこだわる必要はありません。
ポルシェが採用する「確かな」技術
ポルシェブランドにおいて最大の価値はレーシングカーという高いパフォーマンスのクルマを市販している点です。特にレースシーンにおいては技術的なエラーが物造りにとっての命取りであることに敏感にならざるをえません。だからこそ911を名乗る歴代ポルシェには「確かな技術」を採用し続けてきました。「確かな技術」とは、すなわち「あらゆるバグが取り除かれた状態である」ことです。
997型まではアルミ技術が「確かな技術とは言えなかった」と言えます。ハイブリッドとはいえ、991型において フロアを含む車体の40%以上にアルミ部材が採用されたことは、アルミの取り扱いに受ける諸問題が解決され「確かな技術」となったといえます。
結論:ポルシェが最先端であった
グループ企業のアウディが「フルアルミボディ」を採用したにも関わらず、991型においてフルアルミボディを採用しなかったポルシェは「技術的に遅れていた」と思われた方もいると思います。
当時はそれが正しいかどうかはわからなかったのですが、実はフルアルミボディを採用しない方が最先端であったとも言えます。
というのも最新世代のアウディA8はフルアルミ製ボディではなくり、アルミの使用比率が約50%にまで低下しています。
アルミの他にはカーボンファイバー、スチール、マグネシウムが採用され、カーボンファイバーの採用によって軽量化かつボディのねじれ剛性向上をあげることができるようになりました。さらには製造にかかる環境負荷も減り、製造コストも大幅に削減できたとのことです。
なお当時は「ASF」というと「アルミを使用したフレーム」のことをさしていましたが、現在では複合素材をさす名称へと変更しており「ASF」が新たな次元へと移行したことを意味しています。
R8についても初代は「フルアルミボディ」でしたが、2代目では「アルミ+カーボン製」のフレームを採用していますし、TTも3代目では「アルミ+スチール」へを進化しています。
フルアルミボディでなくなったにも関わらず、50kgの軽量化を実現しているなど、その他技術の進化により、「フルアルミボディ」の必然性がなくなったと言えるでしょう。
コメント